多くの中小企業経営者にとって、銀行融資の際に求められる「経営者保証(個人保証)」は、長年避けて通れない重い負担となってきました。会社が倒産すれば経営者個人の資産もすべて失うというリスクは、積極的な事業展開を阻むだけでなく、次世代への事業承継やM&Aを阻害する最大の要因となっています。
しかし、近年この状況は劇的に変化しています。2013年の「経営者保証に関するガイドライン」策定を皮切りに、2023年は「経営者保証元年」とも呼ばれ、国を挙げて「保証に依存しない融資」への転換が進められています。本記事では、経営者保証を外すための具体的な要件から、実務的な対応、さらにはトラブルを回避するための契約実務までを徹底解説します。
1. 経営者保証の仕組みと深刻な問題点
1-1. 経営者保証が求められてきた背景
経営者保証とは、中小企業が融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人になる仕組みです。中小企業は経営者自身が筆頭株主であり、会社と個人が密接に関係していることが多いため、金融機関は信用補完のためにこの保証を求めてきました。
1-2. 経営を蝕む3つのリスク
経営者保証の存在は、以下の3つの観点から日本経済の活力を奪っていると指摘されています。
- 積極的な挑戦の阻害: 事業失敗時の個人資産喪失を恐れ、リスクを伴う投資や新規事業への進出を躊躇させてしまいます。
- 事業承継の拒否: 親族や従業員を後継者にしようとしても、多額の保証債務を引き継ぐことへの心理的・経済的ハードルから、承継を拒否されるケースが後を絶ちません。実際に、後継者候補がいる企業の約6割が、経営者保証を理由に承継を断られています。
- 廃業の遅れと連鎖破産: 事業の採算が悪化しても、個人保証があるために「やめるにやめられない」状況に陥ります。結果として、倒産時に会社だけでなく経営者個人の破産も引き起こし、生活基盤を完全に失うことになります。
日本の将来を左右する事業承継問題。現在、70歳以上の経営者の約半数(127万人)が後継者未定であり、後継者候補がいても22.7%が承継を断っています。その拒否理由の59.8%が「経営者保証」です。2025年までに「650万人の雇用」と「22兆円のGDP」が失われる危機を回避するためには、この経営者保証の解除が不可欠なミッションとなっています。
2. 「経営者保証に関するガイドライン」による変革
経営者保証の弊害を取り除くため、2013年に「経営者保証に関するガイドライン」が公表されました。これは法的拘束力こそありませんが、金融機関や中小企業が遵守すべき自主的なルールとして機能しており、この要件を満たせば保証解除の道が開かれます。
2-1. 保証解除を可能にする「3つの要件」
ガイドラインでは、金融機関が「経営者保証がなくても大丈夫」と判断するための以下の3点を求めています。
① 法人と経営者の関係の明確な区分・分離
ガイドラインでは、法人の業務、経理、資産所有に関して、法人と個人の一体性を解消することが強く求められています。金融機関は「会社のお金が経営者個人に不当に流れているのではないか」という点を厳しくチェックします。
- 資産の分離: 経営者個人の土地・建物を会社が使用する場合、適正な賃料を支払うか、法人所有へ一本化して公私の区別を明確にします。
- 不透明な資金移動の禁止: 事業上の必要性がない「役員貸付金」を解消し、個人の飲食代や旅行代を会社の経費で処理しない体制を徹底します。
- 役員報酬の適正化: 社会通念上適切な範囲を超える報酬設定は、保証解除の弊害となります。
これらの整備状況については、税理士や公認会計士などの専門家に依頼し、「中小企業の会計に関する基本要領」に準拠した計算書類を作成・検証してもらうことが効果的です。専門家による客観的な検証結果を金融機関に開示することで、一体性の解消を強くアピールできます。
なお、M&Aの実施に際して、財務内容の精査などを専門家へ委託する場合、国からの補助金を受けられる可能性があります。費用負担を抑えて着実に手続きを進めるためにも、ぜひ詳細をまとめた以下の記事を参考にしてください。
② 財務基盤の強化
経営者個人の資産に頼らず、会社単体の収益力だけで借入金を返済できる能力が求められます。
- 資産超過の維持: 直近期の決算において、純資産がプラス(資産が負債を上回っている)であることが必須条件です。
- 収益力(キャッシュフロー): 安定して利益を出し、借入金を順調に返済できる持続的な能力を証明します。
- 内部留保: 業況の下振れリスクを想定しても、返済が可能と判断される潤沢な内部留保が理想です。
③ 財務状況の正確な把握と透明性の確保
金融機関に対し、正確かつ誠実に情報を開示・説明することで、経営の透明性を確保することが求められます。
- 詳細な情報の提供: 貸借対照表や損益計算書のほか、各勘定明細を提示し、内容を正確に説明します。
- 報告の適時性: 年1回の決算報告だけでなく、試算表や資金繰り表を用いて定期的な報告(月次・四半期)を行うことが信頼構築に繋がります。
- 自発的な開示: 事業計画の見通しに変動が生じた際、自ら速やかに報告・説明する体制を整えます。
3. 事業承継を加速させる新たな支援策
2020年以降、事業承継をさらに円滑にするための「特則」や「新制度」がスタートしています。
3-1. ガイドライン「特則」による二重保証の禁止
事業承継時、前経営者と後継者の双方から保証を求める「二重保証」が慣行となっていましたが、特則により「原則として二重保証は禁止」とされました。ただし、二重に保証を求めることが必要な場合には、その理由などを金融機関が双方に十分に説明し、理解を得ることとされています。
3-2. 事業承継特別保証制度:強力な支援策
中小企業の事業承継において、後継者が直面する最も大きな障壁は「先代の多額な借入金を個人保証すること」への心理的・経済的負担です。この課題を解決するため、令和2年4月から開始されたのが「事業承継特別保証制度」です。
この制度は、一定の要件を満たすことで経営者保証を不要とするもので、後継者が安心して経営に専念できる環境を整えることを目的としています。
制度の対象となる企業(申し込み要件)
本制度を利用するには、以下のいずれかのタイミングに該当する必要があります。
- 承継前:保証申込日から3年以内に事業承継を予定しており、具体的な事業承継計画を有していること。
- 承継後:令和2年1月1日から令和7年3月31日までに事業承継を完了しており、承継日から3年以内であること。
審査をクリアするための「厳格な4要件」
単に「保証を外したい」という希望だけでは利用できず、以下の財務・ガバナンスに関する4つの要件をすべて満たす必要があります。
- 資産超過:直近期の決算において純資産がプラス(資産が負債を上回っている)であること。
- 返済能力(EBITDA倍率):EBITDA有利子負債倍率が10倍以内であること。※(借入金・社債 - 現預金)÷(営業利益 + 減価償却費)で算出。
- 法人と個人の分離:法人と個人の経理・資産が明確に分けられていること。
- 返済緩和なし:金融機関との間で返済条件の緩和(リスケジュール)を行っている借入金がないこと。
融資の条件と手続きの流れ
制度のスペックは以下の通り、大規模な事業承継にも対応できる内容となっています。
- 融資限度額:2億8,000万円(組合等の場合は4億8,000万円)。
- 保証期間:分割返済の場合、最長10年(据置期間1年以内を含む)。
- 申込方法:与信取引のある金融機関を経由して申し込みます。自社単独で信用保証協会へ申請することはできません。
本制度は非常に強力ですが、審査には「事業承継計画書」や「ガバナンス体制チェックシート」などの専門的な書類整備が不可欠です。制度のハードルは決して低くないため、専門家のサポートを受けながら、計画的に準備を進めることが成功の鍵となります。
4. M&A実務における経営者保証の取り扱い
4-1. 手法による扱いの違い
M&Aの手法によって、保証解除の手続きは異なります。
- 株式譲渡: 会社の負債もすべて買い手が引き継ぐため、通常はM&Aの実行(クロージング)と同時に経営者保証も解除・変更されます。ただし、自動的に外れるわけではなく、金融機関との交渉が必要です。
- 事業譲渡: 事業資産を切り出して売却するため、負債は売り手企業に残ることが多いです。譲受側より受け取った売却益で借入金を完済し、その時点で保証を解除するのが一般的です。
4-2. 株式譲渡契約書(SPA)の重要性
最近では、M&A後に買い手が保証解除の手続きを放置し、売り手オーナーが引退後もリスクを負い続けるトラブルが多発しています。これを防ぐため、契約書には以下の内容を明記する必要があります。
- 法的義務化: 「努力義務」ではなく、期限を定めた「解除義務」として規定すること。
- 実効性の担保: 買主が保証を解除するまで、譲渡代金の一部を留保(エスクロー)する等の措置を検討します。
- 損害補償条項: 万が一解除されず、売り手が履行請求を受けた場合に、買い手が全額を補償する旨を定めます。
4-3. 詐欺的なM&Aへの警戒
「経営者保証を外す」と約束しながら、実際には資産を抜き取り、倒産させて保証を履行させるという詐欺的なM&Aも報告されています。
「金融機関には内密に」と求める買い手や仲介会社は非常に危険です。保証解除には金融機関の承諾が必須であり、金融機関を避ける交渉はあり得ません。このような発言があり、相手方に不信感を持った場合には、M&Aを中止することを推奨します。
5. 経営者保証を解除するためのステップ
保証を外すためには「行動」が不可欠です。以下の手順で進めていきましょう。
STEP 1:自社の現状把握と「3つの要步」のチェック
まずはガイドラインの要件に自社がどの程度合致しているか、決算書や資産状況を分析します。
STEP 2:金融機関への相談
「経営者保証を外したい」と正面から銀行に伝えます。現時点で解除が難しい場合でも、銀行から「何が足りないのか」という具体的な条件(課題)を引き出すことが重要です。
STEP 3:外部専門家の活用
税理士、弁護士などの専門家に依頼し、客観的な評価書や事業計画書を作成してもらいます。専門家による裏付けがある情報は、金融機関にとっての信頼性が格段に高まり、解除への近道となります。
STEP 4:条件のクリアと再交渉
指摘された課題(法人個人分離の不徹底や財務改善など)をクリアし、再度交渉を行います。複数の金融機関と取引がある場合、1つの金融機関が保証解除に応じれば他の金融機関も追随しやすくなります。
最後に
経営者保証はもはや「絶対に外せないもの」ではありません。低金利かつ長期の融資メニューや、保証料を軽減する新たな信用保証制度など、環境はかつてないほど整っています。
特に事業承継やM&Aを検討している経営者にとって、保証解除の取り組みは企業の価値を高め、次世代へのバトンタッチを確実なものにする「未来への投資」です。まずは信頼できる専門家やメインバンクに相談し、自社に最適なアクションプランを練ることから始めてみてください。
動かなければ状況は変わりませんが、正しく準備をすれば、経営者としての人生をより自由で豊かなものへと変えられるはずです。
